今回は摩訶不思議な have been to の構造について考えてみたいと思います。
まずは have gone to の構造を考える
have been to とは何かを考える前に、have gone to の構造から考えてみたいと思います。have gone to は go「行く」という動詞を使った 動作の完了 を表します。
go: 「行く」という動作を表す。その場から離れた状態を表す。
have gone: その「離れた状態」を今も持っている。
結果: 今ここにはいない(結果用法)
have gone to は have gone に到達点を表す to がついたものです。have gone to は「〜へ行って離れた状態を今も持っている」→「〜へ行ってしまって今もいない」という意味になります。
例文
A:Where is Ken?
「ケンはどこ?」
B:He has gone to the convenience store.
「彼はコンビニに行っちゃったよ(=だから今はここにいないよ)」
解説:彼がコンビニに行ってしまった(その場から離れた)状態を今持っている
マツくんgo は「去る・離れる」という意味が強すぎて「戻ってくる」というニュアンスが表せないね。
have been to の正体に迫る
「been to」が釈然としない理由は、本来 be 動詞が「〜にいる(存在)」という意味なのに、後ろに方向を示す to が続いているからではないでしょうか。
これは、古英語(Old English / 西暦450年~1150年頃)から中英語(Middle English / ~1500年頃)にかけての古い英語の名残です。
古い英語における be 動詞の「移動性」
古い時代の英語では、「目的地に到着した結果、そこに居る」という状態を指して be を使うことが一般的でした。
現代人からすると「居る(状態)」と「行く(動作)」は別物ですが、昔の人にとっては「そこに居る=そこへ行った結果」という表裏一体の概念だったのです。
古英語の「was」が「went」の代わりだった
古英語の聖書や叙事詩(『ベオウルフ』など)では、現代なら went と書くべき場所で was が使われる例があります。
He wæs on wuda. (ヘー・ウェス・オン・ウドゥ)
「彼は森の中にいた(=森へ行った)」
現代英語では He went into the wood. と言わないと「移動」が伝わりませんが、古英語では wæs という単語自体に「滞在した(=そこへ行って、夜を過ごした)」という重みがありました



on wuda が現代英語の in the wood の意味なんだって!



古英語には格変化(名詞の形が変わるルール)がありました。
もし単に「中で静止している」なら与格。
もし「外から中へ入る」という移動のニュアンスを含ませるなら、前置詞の後の名詞を対格にするという使い分けがありました。
昔の完了形
かつて英語では、移動を表す動詞(go, come, arriveなど)の完了形は、have ではなく be 動詞を使って作っていました。
昔の形: I am come. 「私は来ました」 (今の英語なら I have come.)
昔の形: He is gone. 「彼は行ってしまった」 (今の英語なら He has gone.)
He is gone. は現代でも形容詞的に「彼はもういない(死んだ、去った)」という意味で残っていますよね。
これは、be動詞が「移動した後の状態」をまるごと引き受けていた時代の名残なのです。
なぜ to と結合するのか?(到達の to)
今の英語では be + 場所 で「〜にいる・ある」という「存在」の意味を表すので be(存在)+ to (移動) という表現は 矛盾しているように思えます。
しかし、昔の英語では『ある場所に居る』ということは、『そこへ移動して、到達した結果』として捉えられていました。
つまり、be という言葉の中に『移動のプロセス』と『到着後の静止』の両方が含まれていたのです。
そのため、方向を示す to と結びつくことで自然に『〜へ行って、そこに居る(=行った)』という意味が成立していました。
この「到達して、そこに留まった」という古い感覚が、現代の have been to というイディオムの中にだけ残りました。
be to ~ : 「〜へ行って、そこに居る」(移動+静止)という意味。古英語を反映したもの。
have been: 「そこに居た」という経験を、今に繋がる時間の幅の中で持っている。
構造的解釈: 「〜へ行って、そこに居たという経験を、現在まで持っている」
例文
I have been to Atami three times.
「熱海に3回行ったことがある」
解説:熱海に行ってそこに存在したという足跡を今持っている



have been to は「〜へ(to)行って、そこに存在した(been)ことが、今(have)に繋がっている」 というイメージだよ!



古英語の時代の be動詞は「存在」の意味とそこへ着くまでの「移動」の意味を両方持っていたそうです。
have gone to と have been to の違いを英語史的な観点で考える
have gone to と have been to の発生過程について考えてみましょう。
歴史を振り返ると have been to の正体ががもっとよく分かります。
完了形のルーツは「持っている」
現在完了形の起源は、中英語(1100~1500年頃)にかけて発達した「have + 過去分詞」の構造です。
もともとは I have [it finished].「私は [それが終わらせた状態] を持っている」のように、「現在の所有」を示す形から始まりました。
これが I have finished it. と移動して変形して現在完了形が出来上がったと言われています。
have gone to 「去ってしまった状態(gone)を今持っている(have)」というは、完了形というシステムが整うプロセスの中で比較的早く定着しました。
have been to の「後追い」発生
問題は、go という動詞の性質にありました。go は「出発点から離れる」ことに特化しすぎていたため、「行って戻ってきた」という 往復の経験 を表すには論理的な飛躍が必要でした。
そこで、「ある場所に存在した(be)ことがある」 という表現が、経験の意味を担うために使われ始めます。
中英語期: be 動詞にはまだ移動(「行く」「来る」)の意味が強く残っており、be と方向の to の組み合わせは珍しいものではありませんでした。
近代英語期(16世紀以降): 現在完了の用法が固定化されるにつれ、have gone to(結果) と have been to (経験)の役割分担が明確に整理されていきました。
なぜ両者の発生時に時間差が発生したのか?
言語学には 「補充(suppletion)」 という現象があります。
1. まず have gone が「行った(結果)」として中英語(1100~1500年頃)で使われるようになる。
2. しかし「行ったことがある(経験)」と言いたいときに have gone では「今ここにいない」ニュアンスが強すぎて不便。
3. そこで、すでに存在していた be(存在する)という動詞を借りてきて、近代英語期(16世紀以降)にその穴を埋めた。
つまり、システムとしての「完了形(have gone)」が先にあり、表現の「利便性(経験)」を求めて have beenが後からその枠組みに適合していった という流れです。



been が英語の欠陥をカバーしたんだね!



このようにある単語の足りない形を別の単語が補う現象を言語学では「補充法(suppletion)」と言います。
まとめ
最後に have gone to と have been to の違いをまとめておきます。
have gone to「〜へ行ってしまって(ここにいない)」
→ have「現在と繋がっている」 + gone to「〜へ行ってしまった状態」(不在を表す)have been to「〜へ行ったことがある(経験)・〜へ行ってきたところである(完了)」
→ have「現在と繋がっている」 + been to「〜に着いて滞在した状態」(存在を表す)
go は「去る」という意味が強いので、have gone to だと「〜へ行ったきりで戻ってきていない」という意味になります。
それに対して、have been to は到達の to「〜へ」を使っているので、「〜へ(to)行って、そこに存在した(been)ことが、今(have)に繋がっている」 という意味になります。



分かったかな?



よく分からない時は、間隔を空けて何度か読み直してみよう!
